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2000年2月23日 (水)

第15回 野平祐二調教師のこと

 仕事場ではいつもCDをかけている。今の時間は「ワルツの女王」と呼ばれたパティ・ペイジのしなやかな歌声が聞こえる。ゆったりとしたテンポの曲は気持ちが落ち着くし、集中力のじゃまにもならない。彼女は195、60年代のアメリカの歌手だから、私が彼女の歌を耳にしたのはまだ小学生の頃のはずで、それもラジオだった。どういう訳か、子供の頃に耳にした音楽は年をとればとるほど、自然と心と体にしみこんでくるものらしい。日本でも江利チエミがテネシーワルツを歌って、ヒットしたことがあるが、彼女もいまは亡い。  
 音楽に限らず、時代を象徴する人たちと思い出を共有する楽しさは、自分の人生をも豊かにしてくれる。
 
 野平祐二調教師が今月末に定年で引退する。野平先生もまた、時代を象徴する先駆者であった。騎手としてデビューし数々のタイトルを手にしたが、日本の競馬に飽きたらず、初の海外騎乗、フランスでの長期滞在騎乗や、日本馬を海外派遣する道を作ったり、昭和50年に調教師になってからはシンボリルドルフに代表される名馬を多く育てた。騎手の時代も調教師の時代も、常に世界を視野に入れた思考と行動で日本の競馬界をリード、まさに「ミスター競馬」と呼ばれるにふさわしい、先端の人であった。  

 残念ながらわたしは騎乗のレースを直接みることはできなかったが、こういう先駆者の多くの犠牲の上にいまの競馬があることは忘れないでいたい。  
 昨年末、有馬記念の当日のレースの後、お髭の米田氏と野平先生のご自宅を訪ねた。
「デットーリはすごい騎手だよ」  

 関西の最終レースのビデオテープをみながら、野平先生がつぶやいた。その一言が気になって、その後デットーリに注目してきたが、野平先生の言われたとおりだった。

 有馬談義の後、数々のエピソードを聞いた。騎手時代のこと、レース後いつも騎手や馬主や、評論家たちがあふれんばかりに自宅の部屋を占拠していたこと、シンボリルドルフのこと、世界中の騎手仲間、調教師仲間のこと・・・などなど。  

 なかでも野平先生が思い出深く、懐かしく語られたのが、フランスで長期騎乗をされた在仏時代のことだった。当時のこと思い出しながらフランスを旅するというNHKの番組のテープを見ながら語っていただいたので、当時の先生の若さや負けん気、不安もそのまま伝わって、信念に支えられ、しかも上品に年を重ねてきた先人の話を聞くことの楽しさを感じたひとときだった。
「孫(二本柳騎手)の活躍がいまは楽しみ」とも語っていたが、いまも、ダンディーさと競馬に対する愛情、鋭さは失われていないと思った。  

 当分引退パーティー等でお忙しいことと思うが、落ち着かれたらまた、また、ゆっくりお話を伺いたいと思っている。長い間ご苦労様でした。

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