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2000年3月14日 (火)

第18回 恩師

 今朝、夢を見た。  
 高校時代の担任・宮崎先生が大人になったわれわれを前に、熱っぽく語り続けている夢だった。

 そういえば過日、今年で勤続37年間の教師生活に別れを告げることになったので、教え子が集まって、「ごくろうさん会」をするという案内が来ていた。原稿の締切の都合で出席ができない旨、返信のハガキを出しておいたが、それが心に引っかかっていたのだろうか。私の結婚の折りには仲人もお願いした先生だった。

 人生の中にあるいくつかの出会い、そのどれをとっても宮崎先生との出会いに優るものはなかった。人生でもっとも影響を受けた人物をひとりあげよといわれたら、私は迷わず宮崎先生の名を告げる。

 宮崎先生が最初に担任を持ったクラスが、私たちの2Dだった。担任になった早々、生徒との腕相撲で骨折、入院の大騒ぎ。2ヶ月近く、病室がクラス運営の打ち合わせや面談の場所になったのも、ついこの前の出来事のような気がする。

 文学のこと、演劇のこと、映画のこと、愛について、正義の心について。何よりも人として生きるということの意味を、大声で語り続ける宮崎先生の声は、大人になりつつあった16歳の心にしみた。出来のいい生徒ではなかったが、私も16歳の少年としての純真さと素直さは持ち合わせていたらしい。本も読んだし、演劇も見るようになった。ちょっと恋愛もした。どれも受験には関係のないことばかりだった。でも、それらが私を勇気づけた。

 学校の成績は悪くても、自分なりに居心地の良い高校時代を送れたのは、ひとえに宮崎先生のおかげだった。

 いくつかの予期せぬ曲折に右往左往しながら、気がついたら学生時代には想像もしなかった競馬評論家になっていた。これはこれでお気に入りで、なかなかおもしろい世界だけど、こと志とはずいぶん違った人生になってしまった。ただ、したいことと、食べていけることが違ったとしても、それはそれでよいのではないかといまは思う。何をしていても、大切なのは人とものに対する真摯な心だ。

 高校時代のわずかな時間の中での、たったひとりの人との出会いが、私の人生観の大半を形づくった。
 51歳になるいまも、16歳のまま、私の心を揺さぶり続ける宮崎先生がいる。
 「ちゃんと生きてるか!」  
 そう、私はいま「ちゃんと生きてる」だろうか。自信はない。

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