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2017年2月28日 (火)

第1262回さよならミホノブルボン

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 ミホノブルボンが老衰のため、28歳でこの世を去ったというニュースが伝えられたのは先週の金曜、24日のことだった。実際には22日の夕方には亡くなっていたようだ。

 ミホノブルボンがダービーを勝ったのは1992年、ちょうど25年前のことになる。デビューから6戦6勝。無敗でダービー馬となった。菊花賞はライスシャワーの2着に負けて3冠馬とはなれなかったものの、その年の年度代表馬に選出された。その後、度重なる脚部不安のため菊花賞が最後のレースになった。生涯成績は8戦7勝、2着1回。競馬の人気を支えた、時代のヒーローともいうべき名馬だった。

 1992年の6月に「競馬最強の法則」での連載が始まり、秋には「スポニチ」のコラムもスタートして、単行本も発売になるという、私にとっても人生が大きく動いた年だった。私の人生とも重なって、いまでも一番印象に残っている馬がミホノブルボンだといえる。ライスシャワーも戸山調教師も、当時手綱をとっていた小島貞博騎手も、ミホノブルボンより先に逝ってしまった。生きとし生けるものの宿命とはいえ、こよなく愛したものが亡くなることの寂しさは埋めがたい。

 さよなら、ミホノブルボン。

 中山記念は超スローペースになった。2番手で先行した3番人気のネオリアリズムが勝利をつかんだ。相変わらずM・デムーロ騎手の手綱さばきが冴えわたる。中団から内をついて伸びた8番人気のサクラアンブルールが2着、逃げた7番人気ロゴタイプが3着に粘った。1番人気のアンビシャスは4着、期待したリアルスティール(2番人気)は直線いつもの差し脚を見せられないまま8着に敗退した。3連単は31万円を超す高配当になった。

 片や、阪急杯はハイペースになった。直線、後方から狭い最内を突いた7番人気トーキングドラムが抜け出して2馬身差の快勝。ただ、上手く抜け出せたから良かったが、内を閉められていたら結果は全く違っただろう。勝つときは何もかもがうまくいくものだ。2着は4番人気ヒルノデイバロー、3着は12頭建ての12番人気のナガラオリオン。いずれも後方から鋭い差し脚を使っての好走だった。先行できれば好レースになると思って本命に取ったロサギガンティアは、ここでも出遅れて、直線も伸びきれなかった。
 3連単は248万円を超す高配当になった。

 平均ペースの流れになったアーリントンCは、1番人気のペルシアンナイトが3馬身差をつけた。シンザン記念3着から巻き返しての完勝だったが、ここもM・デムーロ騎手が勝利をもたらしたレースだった。2着に6番人気のレッドアンシェル、3着は3番人気のディバインコード。シンザン記念を勝っていたキョウヘイは7着まで。

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